琵琶湖の湖畔でボンジュール!今日も元気に営業中の「ビオプランツ」です。
店主のオジです。 最近、スタッフのゆりちゃんに「店主、また顔デカくなってない?光合成してんの?」と真顔で心配されました。違います。これは成長ではなく、むくみです。あるいは皆様への愛が顔面に溢れ出ているだけです。
さて、そんな顔面余白多めのオジが今日語りたいのは、余白なんて一切ない、過酷な環境を生き抜いてきた**「パキポディウム・グラキリス」の“肌”についてです。
ここからは少々マニアックな領域に入ります。「丸くて可愛い〜!」だけじゃ物足りない、植物のシワと傷跡に興奮してしまうこじらせた皆様、準備はいいですか?
マダガスカルの風が彫刻した「生きた岩」
皆さんが愛してやまないグラキリス。特にマダガスカルから海を渡ってきた「現地球」の最大の魅力は、なんといってもあの荒々しい肌質にあります。
日本の温室でぬくぬくと育った「実生(みしょう)」の株がつるんとした赤ちゃん肌だとするなら、現地球は百戦錬磨の傭兵の肌。 想像してみてください。マダガスカルの吹き荒れる乾燥した風、強烈な直射日光、そして長い乾季。あの銀色がかった灰色の表皮(エピデルミス)は、ただの色ではありません。あれは「防御壁」なんですよ。
オジが特にたまらん!と思うのは、輸入直後のベアルート株を手に持った時の感触です。 ザラッとしているのに、どこか温かみがある。指の腹で幹を撫でると、硬い樹皮の下に、水分をパンパンに溜め込んだ生命の弾力を感じる。あの瞬間、オジの脳内にはマダガスカルの赤土の匂いが再生されます(行ったことないけど)。
時折見られる、幹に入った深い亀裂や、古傷が癒えた跡。 あれを「B品」「傷モノ」なんて言う人がいたら、オジは悲しくて顔がさらに膨張します。あれこそが勲章。あの傷一つ一つに、「あの年の乾季はキツかったなぁ」という植物の記憶が刻まれているわけです。

「野生」をどう飼い慣らすか? ドレッセの極意
さて、ここからがビオプランツの本領発揮。 そんな野生味あふれる、泥臭いグラキリスを、どうやって現代の居住空間(リビング)に馴染ませるか? そこで重要になるのが「ドレッセ(盛りつけ)」です。
ワイルドな株には、ワイルドな鉢? いえいえ、それだと「現地感」が出すぎて、ただの「土の塊」に見えちゃうことがあるんです。オジが提案したいのは、「野獣にタキシードを着せる」ようなギャップ萌えの美学。
今回、オジがこのグラキリスに合わせて猛烈に推したいのが、「マットブラックの焼き締め鉢」、それもエッジの効いたシャープな造形のものです。
想像してください。 上部は、風雪に耐えた銀灰色のボコボコした肌。 下部は、作家の指跡さえ残さない、冷徹なほどに黒く焼き締められた幾何学的な鉢。
このコントラスト!たまらんです。 鉢の「黒」が、グラキリスの肌の「白さ」を強烈に引き立て、植物の不規則なフォルムを、鉢の直線的なラインが額縁のように引き締める。 泥臭い野生が、一気に「モダンアート」へと昇華される瞬間です。
特に、釉薬(ゆうやく)を使わず、土の質感だけで勝負している鉢は、水やりをした時の色の変化も最高なんですよ。鉢が水を吸って濡れ色に変わると、グラキリスの緑色の葉との対比がまた……あぁ、書きながら焼酎おかわりできそう。

最後に
「植物を買う」のではない。「物語を買う」のだと思ってください。 そのグラキリスがマダガスカルで何十年と耐えてきた時間、そして日本の作家が土を練り上げた時間。その二つが、あなたの手の中で一つになる。これがドレッセの醍醐味です。
「難しそうだな…」と思ったそこのあなた。大丈夫です。 店に来てくれれば、オジがあーでもないこーでもないと、顔を近づけて(圧強めで)一緒に悩みますから。横でおばちゃんが「また始まったわ」という顔をしていても気にしないでください。
びわ湖の風に吹かれながら、世界に一つだけの相棒を見つけに来ませんか? 最高の「変態的な一鉢」を用意して、お待ちしております。
